ブキッチャンドゥの戦争博物館で回想してみる
シンガポール南部、Bukit Chanduという丘の上に戦争博物館があります。
第二次世界大戦の歴史が学べるとのことで、ウォーキングを兼ねて行ってきました。
まずはMRTのCircle Lineに乗り、Pasir Panjangという駅で降ります。
駅の出口を出て道路の反対側に渡り、200mほど東に進み、Pepysロードを左折して登り坂に向かいます。
ならだかな坂道を15分ほど歩くと、建物の看板が見えてきます。
建物前の階段を登ると博物館に到着です。
博物館の正式名称は「Reflections at Bukit Chandu」、
日本語では「ブキッチャンドゥの回想」といった意味です。
建物には、日本軍がシンガポールを侵略している場面がデカデカと描かれています。
そう、ここは第二次世界大戦中の日本軍による占領をテーマにした博物館。
日本人はシンガポールを占領した憎き敵です。
1942年2月7日、マレーシアを制圧した日本軍はシンガポールへの進軍を開始します。そしてたった9日後の2月15日、シンガポール全土が制圧されます。このBukit Chanduの丘はその時の戦場の1つで、1,400名の勇敢なシンガポール軍隊が、13,000名の日本軍に挑み、そして全滅した場所です。
博物館は当時の邸宅を再現した建物で、入場は無料です。受付でガイド機器を借りることもできます。(英語と中国語のみ)
土曜の午後に行ったのですが入場客は少なく、最初に欧米系の方が5名ほど、あとから中国系の方が5名ほど、といった構成でした。なんとなく気配を消しながら入場します。
館内には、当時の侵略の経緯が細かく展示されています。
日本軍がマレーシア&シンガポールを侵略する際、自転車を活用していました。上陸時に1人1台を担いできて、それで陸路を高速移動するので、シンガポール軍の大きな脅威になったようです。マレーシアで自転車が普及していないのは、こういう理由もあったりするのかな...
当時の体験者が描いた絵が飾られており、日常の生活が日本軍によって突然に奪われてしまう描写がされています。例えば「仕立て屋の一家が木に縛られ処刑されている。日本軍の衣類を窃盗した罪だと言うが、その衣類は他の者が窃盗し仕立て屋に持ち込んだものだった...」といった描写には胸が締め付けられます。
階段のすみには日本軍の指揮を執った山下奉文大将の像も置かれていました。「背は低くて小太りだが、とても威圧的で恐ろしかった」と書かれています。
ただし、あくまで当時の歴史の展示であり、日本人を卑下したり、極端に中傷したりするような内容はありませんでした。またもっと残虐な占領後の虐殺などについては展示がありませんでした。
シンガポール人から見た日本人を知りたいと思ってきたこの記念館ですが、日本人があまり知らないシンガポールの正しい歴史を知ることができたと思います。
当時の戦場となった丘は、現在はKent Ridge Parkという公園として整備されており、我々のオフィスがあるAscentビルの裏山にあたります。